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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)1640号 判決 1980年8月29日

原告 赤坂律子 ほか二名

被告 国

代理人 山野井勇作 横井芳夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金三〇〇万円およびこれに対する昭和五一年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員ならびに昭和五三年三月九日から本判決確定の日まで一ヶ月金一五万円の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告らに対し、「被告国は原告らに対し哀心より深くお詑びする」旨謝罪せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第一および第三項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも、被告国が主体として遂行した太平洋戦争において、昭和二〇年三月から六月にかけて米軍の名古屋市地域に対する空襲により別紙受傷目録記載のとおり負傷した。

2  太平洋戦争の終戦後、被告国の立法府である国会は、昭和二七年四月「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(以下援護法という)を制定したが、同法は次の理由により日本国憲法に違反する。

(一) 援護法は、戦災傷害者のうち、軍人又は軍属であつた者に対して、一時金及び年金を支給することとしてその救済を図るものであり、旧軍人軍属に該当しないいわゆる民間被災者たる原告らは、同法適用の対象外とされ、同じ戦災傷害者であるにもかかわらず、同法による援護を受け得ない。

(二) 他方、原告ら民間被災者の救済を目的とする援護法は存在せず、原告らは、一般の身体障害者福祉法の適用を受け、同法によつてのみ救済を受け得るものであるが、同じ戦災傷害者でありながら、援護法の適用を受ける旧軍人軍属と、身体障害者福祉法の適用しか受けない原告らとの保護救済の格差は、後記損害の項に記載するとおりとなる。結局援護法は、原告ら民間被災者に比して、旧軍人軍属のみを不当に優遇するものであり、旧軍人軍属と民間被災者の差別を内容とする。

(三) 被告国が遂行した太平洋戦争下において、日本国民は、国家総動員法や防空法といつた法律により、法律的側面から戦争への参加を強制されたのみならず、米軍の日本本土空襲により、戦闘員非戦闘員の区別なく全ての国民が現実に戦争に参加せざるを得なくなり、そのため多くの国民が戦争により負傷した。

右戦争により被つた傷害は、旧軍人軍属と原告ら民間人において何ら異なるところはなく、被告国は、戦災傷害者に対して仮に何らかの救済措置を講ずるならば、旧軍人軍属と民間人とを差別することなく、その被害程度に応じて平等の救済措置をとるべきであり、右趣旨に反する援護法は憲法一四条一項、一三条、一一条に違反する。

3  (国会議員ないし国会の責任)

(一) 援護法を立法するについて、国会議員はその立案、審議、表決等全過程を通じて、憲法違反という重大な結果を生ぜしめてはならないという高度な注意義務を負つているにもかかわらず、故意又は重大な過失によりこれを怠り、明らかに憲法に反する立法をなし、原告らに対し損害を与えた。

(二) 又、国会議員は、憲法に違反する法律が存在し、現に右差別取扱がなされている場合には、違憲の援護法を改廃し、あるいは別個に民間被災者をも援護する趣旨の立法をなして、違憲状態の解消に努めるべきである。

しかるに、国会は、昭和四八年七月には参議院社会労働委員会において、須原昭二議員が「戦時災害援護法(案)」を発議提出し、同五〇年二月ころには、衆議院渡辺武三議員が民間戦災傷害者に対する「特別援護の措置」について政府、議長に質問趣意書を提出するなどして、政府や国会に違憲状態解消のための民間被災者のための援護法制定をはたらきかけたにもかかわらず、右趣旨の法案を成立させず、逆に、旧軍人軍属に対する支給額を増額するように援護法の改正を重ねてきた。

従つて、少なくとも昭和五一年以降においては、国会議員は、民間被災者に対する援護法を立案し制定する職責を有していたというべきであり、右職責に反する立法の不作為は、国会議員としての違法な職務行為を構成し、かつ、右不作為には故意又は重大な過失が存した。

(三) 国の立法機関である国会の立法行為及び立法不作為は国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」に該当し、同項の「公務員」には国会議員も含まれる。しかして、同項の「公務員の故意又は過失」とは、合議制機関である国会の行為の場合、個々の国会議員の故意過失を問題にする必要はなく、国会議員の統一的意思活動である国会自体の故意過失を論ずれば足る。

従つて、前記(一)、(二)記載の国会議員ないし国会の行為に対しては国家賠償法一条一項の適用がある。

4  (歴代内閣総理大臣及び国務大臣の責任)

歴代内閣総理大臣及び国務大臣は、前記の如く違憲の法律が存在する場合には、違憲状態を解消させるべき義務を有し、少なくとも昭和五一年以降においては、援護法を改廃し、あるいは、民間被災者をも援護する趣旨にかかる法律案を国会に発案すべき義務を有したにもかかわらず、何らの法律案の発案もしなかつた。右不作為は、内閣総理大臣又は、国務大臣としての違法な職務行為に該当するうえ、故意又は重大な過失が存在するので、国家賠償法一条一項の適用を受ける。

5  原告らは、被告の前記違法行為により旧軍人軍属らと平等に救済を受ける地位ないし権利を侵害され、これにより甚大な精神的損害を被つたのであり、それを慰藉するためには右差別状態を解消するに足る程度の金額、即ち、旧軍人軍属らが援護法により支給された補償金合計と原告らが一般の身体障害者福祉法により支給された年金合計額との差額をもつて相当とすべきである。

(一) 原告らが仮に旧軍人軍属であつたならば支給された額(昭和四六年一月から同五一年六月まで)は、

(1) 原告赤坂律子 援護法八条の三項症に該当し、合計約三五七万四、二〇〇円

(2) 同中島美津子 同条の二項症に該当し、合計金約五二一万三、五〇〇円

(3) 同立松美佐子 同条の四項症に該当し、合計金約三一五万五、三〇〇円

であり、昭和二七年四月以降のものを全て合計するならば、右金額はさらに巨大なものとなる。

(二) 原告らが受給した障害福祉年金合計額は、原告らはいずれも国民年金法別表の二級障害者に該当し、昭和四九年度は九万円、翌五〇年度は一四万四、〇〇〇円(それ以前は支給されていなかつた)の合計金二三万四、〇〇〇円であつた。

従つて、その差額は金三〇〇万円を超えることが明らかである。

(三) 又、被告国は昭和五三年一月三〇日現在では、旧軍人軍属で原告ら同様片腕を失つた者に対し、毎月金一五万円を支給している。

よつて、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項による昭和五一年六月までの損害のうち各自金三〇〇万円とこれに対する本訴状到達の翌日である昭和五一年八月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、及び昭和五三年三月九日以降の損害金として、同日以降本判決確定の日まで一ヶ月金一五万円の割合による損害金の支払、並びに民法七二三条により「被告国は原告らに対し哀心より深くお詑びする」旨の謝罪を求める。

二  被告の主張

1  国会の立法行為、立法不作為あるいは内閣の法律案不提出に対し、国家賠償請求は許容されるべきではない。

(一) 国家賠償法一条一項に定めた国の賠償責任の性質は、元来加害公務員が負うべき損害賠償責任を国が代つて負担する代位責任とみるべきであり、当該公務員について民法七〇九条所定の不法行為の成立要件を具備しなければならないところ、国会議員の場合は、憲法五一条により、その発言、表決等について、民事刑事の責任を問われず不法行為が成立する余地はないのであるから、同条項を適用する前提を欠き、同条項は適用されない。

(二) 国会は国の唯一の立法機関であつて、立法権は国会に専属し、国会は立法に関し広汎な裁量権を有する。右裁量は最大限に尊重されるべきであり、裁判所は、国会の立法行為を原因とする賠償責任を安易に肯認すべきでないことはもちろん、裁判所が国会の立法不作為の当否を判断することは、国会固有の立法権に司法が介入することとなり、三権分立の原則に反し許されない。

(三) 法律案は、議院に発議ないし提出されると、原則として委員会に付託され、これについて趣旨説明、質疑、討論、必要に応じて公聴会の開催、参考人の意見、証人の証言聴取等が行われ、修正案の審査、表決を経たうえ本会議に上程され、本会議において委員長の報告、少数意見者の報告、質疑、討論等を経て表決に付され、更に他の議院において同様の審議を経由して表決される慎重な審議を尽くした結果、法律として成立するのであり、このような過程を経て成立する立法行為について、国会議員の過失責任を問題とする余地はない。

(四) 内閣及び国会議員は特定の法律案を国会に発案する権限を有しているが、その権限行使に当つては、社会的経済的諸情勢に基づく政策的技術的な配慮を必要とし、内閣及び国会議員の広汎な裁量に委ねられている。右権限の不行使について政治的責任を生ずる場合はともかく、個々の国民との関係で法律上の責任を生ずる余地はない。

2  旧軍人軍属についてのみ援護法を制定し、民間被災者と異つた取り扱いをすることには、合理的理由が存し、援護法は何ら憲法に違反しない。

(一) 太平洋戦争における国民の生命身体財産等の損害は、戦争という国の存亡にかかる非常事態下のものであつて、国民の等しく受忍しなければならないところであり、これに対する補償を憲法はまつたく予想していない。戦争被害者に対して救済措置を講することは、専ら立法政策上の問題であり、被告国は、民間被災者に対しては一般的な社会保障の充実強化により、その中で援護を図るという基本的姿勢で対応してきた。

(二) 一方、援護法の制定には左の経緯および趣旨が存する。

(1) かつて、我国旧陸海軍の武官文官らに対しては、恩給法(大正一二年法律第四八号)上、その公務上の死傷に関しては、増加恩給、傷病年金、扶助料等が支給され公務員としての処遇がなされていたが、太平洋戦争の敗戦に伴い、連合国軍最高司令官の指令に基づき、昭和二一年ポツダム勅令第六八号「恩給法の特例に関する件」が発せられ、これによつて文官等の一部を除いて恩給の支給が停止された。

(2) また軍属については、内地勤務者に対しては、公務上の傷病等に「旧令による共済組合等からの年金受給者のための特別措置法(昭和二五年法律第二五六号)」により年金が支給されていた。もつとも戦地勤務者に対しては、年金支給の方向で立案中に終戦となつたため、少額の一時金を支給したに止つた。

(3) その後連合国との平和条約(昭和二七年条約第五号)の発効に伴う占領の終結を契機に、旧軍人およびその遺族につき停止されていた恩給法上の権利を回復するまでの臨時的措置として、また旧軍属およびその遺族については、旧軍人同様に国の被使用者であつたことに鑑みて補償の措置を定めたものである。

(三) 結局援護法は、国との間で被使用者たる関係にあつた戦傷病者及び戦没者の遺族等に対し、国の使用者責任に類似する補償をなすという見地及び旧軍人軍属に対する恩給法上の地位を回復するという趣旨から制定されたものであり、民間戦災負傷者が同法の適用を受けないことはもちろん、民間戦災負傷者に対して援護立法がなされず、旧軍人軍属と民間人との間にその取扱い上差異が生じたとしても、右差異は合理的理由に基づくものであつて、何ら憲法に違反するものではない。

第三証拠 <略>

理由

一  <証拠略>によれば、原告らは別紙受傷目録記載のとおり、去る太平洋戦争において米軍の名古屋地域空襲により負傷したものであること、原告らは、援護法上は旧軍人軍属に該当しないものであることが認められ、これに反する証拠はない。

二  ところで、原告らは、国会議員、国会の立法又は立法不作為あるいは内閣総理大臣又は国務大臣の不作為が違法な職務行為を構成し、被告国は国家賠償法一条一項に基づき原告らに対し損害賠償責任を負う旨主張するが、右主張はいずれも援護法が憲法に違反する(あるいは援護法制定により違憲状態が作出された)ことを前提とするので、国家賠償法適用の当否はさておき、まず援護法が憲法に違反するか否かを検討する。

三  援護法は、同法の定めるところ及び<証拠略>によれば、その適用の対象を戦災傷害者のうち旧軍人軍属に限定し、右の者に対して一時金及び年金を支給することとしてその救済を図るものであり、民間被災者は、同じ戦災傷害者でありながら、同法の適用を受けえず、身体障害者福祉法の適用によつてのみ救済を受けうるものであること、そして、援護法の適用を受ける旧軍人軍属及び同法の適用を受けない民間被災者が国から受給することのできる金員については、顕著な差異が存することが認められ、援護法が、年金等の受給という経済的側面において、旧軍人軍属を民間人に比較して有利に取扱い、両者の間に差別をもうけていることは明白である。

憲法一四条一項は、「すべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において差別されない」と規定しているが、旧軍人軍属および民間人も同条項にいう社会的身分に該当すると解するのが相当であるから、同じ戦災傷害者でありながら、旧軍人軍属であることを理由として、民間人より有利に年金等を支給することを内容とする援護法は、「社会的身分により、経済的関係において差別すること」を内容とする法律であるといえる。しかし、憲法一四条一項は、国民に対し絶対的平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであり、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは何ら右法条に反するものではないと解せられる。

よつて、以下右差別の合理性の有無につき検討する。

四  援護法の趣旨およびその合理性

1  ところで<証拠略>によれば、援護法制定の経緯については被告の主張2項の(二)に記載したとおりの事実が認められるところ、同法一条が同法の目的について「軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し国家補償の精神に基づき軍人軍属であつた者又はこれらの遺族を援護すること」である旨規定していること及び同法の各条文等をも検討して、援護法の立法趣旨とするところを勘案するに、援護法は国権の発動たる戦争によつて傷害等を負つた戦争犠牲者に対する国家補償の見地から制定されたものであり、かつ同法には社会保障の精神も加味されていることは疑いないが、同法の立法趣旨は、第一義的には戦争で傷害等を負つた者に対する一般的な国家補償あるいは社会保障という面に存するのではなく、旧軍人軍属の傷害等が、国が同人らに対して命じた戦争という公務に従事中に負つたものであれば、右傷害等を公務上の災害によるものととらえ、国がその公務遂行を命じた以上は、その公務が戦争という非難を免れ得ないものであつたとしても、国が使用者としての立場から使用者責任類似の補償をなすべきであるとの点並びに戦時中公務員として勤務していた文官に対する恩給制度が戦後も存続していたことと、旧軍人に対する恩給制度が廃止又は停止されていたことの不均衡を是正するという点にあると考えられる。

2  そこで右に掲げた同法の立法理由について旧軍人軍属と民間被災者との間に援護上の差異をもうけるべき合理的理由があるかにつき検討するに、

(一)  まず社会保障の見地に限れば、民間被災者たると旧軍人たるとにかかわらず、同等の傷害を負つた者に対しては同等の保障をなすのが当然であるうえ、戦争犠牲者に対する国家補償という面においても、国の遂行した戦争において傷害等を負つた者は、民間戦災者であつても旧軍人軍属であつてもその補償の必要性に原則的にはそれ程顕著な差異は認められず、ただ、旧軍人軍属が民間被災者とは異なり、国から戦う義務を課せられて戦地等勤務を命じられ、生命の危険にさらされながら苛烈な環境下において戦いをなさざるを得ない立場にあつたという事実を考慮すれば、旧軍人軍属については民間被災者より補償の必要性が強くなることが考えられるにすぎない。従つて、社会保障および国家補償の見地だけからすれば、旧軍人軍属と民間被災者の間に、顕著な援護上の差異をもうけることは、合理性を欠くものといわざるを得ない。

(二)  しかし、文官に対する恩給制度との均衡及び公務上の災害に対する国の使用者としての立場からの補償という見地に立てば、いかに戦争という正当化されることのない行為であつても、国が公務として戦うこと又は戦いに準ずる危険な職務を命じた以上、その公務が理不尽かつ危険なものであればある程、その公務に従い公務遂行に際して負傷等を負つた者に対して、国が使用者としての立場からその補償をなすことが求められてしかるべきであるうえ、もつぱら戦争責任を問う趣旨から軍人についてのみ恩給制を廃止又は停止することは、文官に対する均衡から見て合理性を欠くものであるから、公務員たる身分を有しあるいは国と使用者被用者の関係にあつた旧軍人軍属についてのみ援護法をもうけ、右身分を有しなかつた民間被災者を同法の適用対象外とすることもあながち不合理な理由に基づく差別であると断ずることはできない。この点につき、旧軍人軍属特に軍人こそ、日本国及び日本国民を戦争に引き込み、戦争犠牲を国民に強いた張本人であつて、軍人軍属は戦争責任をとるという趣旨からも文官あるいは民間人に比して不利益に取扱われることはあつても有利に取扱われるべきいわれはない旨の主張も存するが、旧軍人軍属といえども日本国の戦争遂行を決定するにあたり発言力ないし決定権を有していたごく一部の者を除けば、徴兵制により召集せられた者はもちろんのこと、当時の日本の戦争讃美の風潮や国家体制等の状況に思いを至せば、志願して兵隊となつた者や職業として軍人を選んだ者にあつても、すべて等しく戦争の犠牲を被つた者であることに変わるところはなく、旧軍人軍属に対して戦争責任を問うということは、旧軍人軍属に対する国の使用者としての立場からの補償及び恩給法上の権利の回復措置を否定する根拠とはならない。

3  しかして、援護法の立法趣旨は、戦争犠牲者に対する一般的な国家補償の見地及び社会保障的見地に第一義的趣旨が存するものではなく、国の被用者に対する使用者責任類似の国家補償の見地および文官恩給制度との均衡の点に第一義的趣旨が存すること前記認定のとおりであるから、国の被用者に対する使用者責任類似の国家補償の見地及び文官恩給制度との均衡を理由とする旧軍人軍属に対する援護が一応合理的と認められる以上、援護法が同法の適用対象者を旧軍人軍属に限定し、戦争犠牲者のうちで特に旧軍人軍属のみを、民間被災者と区別して援護することについても合理的理由が存在するといわざるを得ない。

もちろん戦後三〇年以上を経た今日においても、十分な補償を受け得ず、今なお戦争による傷跡に苦しみつつ日々の生活を送つている民間被災者が存在することは原告らの弁論の全趣旨に徴して容易にこれを窺い知ることができるのであつて、これらの人々に対し、国が国家補償の精神に基づきできるだけ広範囲にわたつて援護の措置を講じていくことが望まれるが、法的には、いかなる補償措置を講じていくかについては、なお、国の立法府たる国会の裁量の範囲に属するのであつて、援護法制定が右裁量の範囲を逸脱し、又は、不合理な理由による差別立法であると認められない以上、同法が日本国憲法一四条一項に違反する旨の原告らの主張はとり得ない。

又、同様の趣旨により援護法が憲法一一条、一三条に反するものと解することはできない。

五  そうだとすると、原告らが被告国に対して援護法が憲法一四条一項、一一条、一三条に違反し、ひいては原告らに対し援護法と同様な補償措置を立法上講じないことが違法であるとして慰藉料の支払及び謝罪を求める本訴請求はその前提を欠き、結局被告国の機関たる国会、国会議員、内閣総理大臣及び国務大臣が援護法を改廃しない行為及び同法と同等な補償を民間被災者に与えることを内容とする法律を発案しない行為又は制定しない行為は、何ら違法な職務行為を構成しないこととなるから、国家賠償の成立の余地はないといわなければならない。

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく原告らの請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条により主文のとおり判決する。

(裁判官 西川豊長 林輝 山名学)

受傷目録

受傷年月日

受傷内容

受傷場所・態様

赤坂律子

昭和二〇年三月二五日(当時八才)

左腕を肩から約一〇センチメートル残して切断

名古屋市北区上飯田

爆弾の破片で受傷

中島美津子

昭和二〇年五月一七日(当時二〇才)

左肩こう骨のところから左腕を切断

名古屋市瑞穂区焼夷弾の直撃による受傷

立松美佐子

昭和二〇年六月二六日(当時一五才)

右腕のひじから約一一センチメートル残して切断

名古屋市港区南陽町(当時海部郡南陽村)

爆弾の破片で受傷

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